いい大人は一刻も早くYahooかGoogleに避難しましょう。
公共サインの意義とは。。

横浜市「災害時給水所」のピクトサイン。

縁あって、こちらをデザインさせていただきました。

横浜市内に134カ所設置されてるようです。

ありがとう、横浜市。

ありがとう、仕事を生み出してくれたパートナー。

 

早速、現地に確認に行ってみると、、、

 

無い!

いや、無いのはおかしい。

スマホアプリ「ロケスマ」によると、確かにここだ。

上空を見上げながら、あっち行ったりこっち行ったり。

完全に横浜初心者おのぼりさんの様相だ。恥ずかしいぞ!

狐につままれたような気分とはこの事なのか?

 

あきらめて帰ろうと思ったその時、

ふと見上げると、うっそうとした街路樹に紛れてそいつはいた。

 

 

…おいおい。

デザインした本人が、最新のアプリを駆使して、

さらに、時間もたっぷり、お腹も満腹、喉も潤った状況で、

 

この見つけにくさ。。。

 

正直、デザインの出来には満足している。

緊急時に水を確保できるイメージが誰にでも伝わるデザインだと自負している。

ただ、、設置される場所ひとつで、こんなにもデザインの価値を打ち消すものか。

 

今回確認したのは、みなとみらいの一角。

老若男女、様々な人の集まる場所で、

日頃からサインの存在をアピールするには最適な場所である事は間違いない。

そのチャンスを完全に逃した設置になっている。

残念だ。

 

他133カ所はどう設置されているかは分からないが、

観光地ならではの、景観形成基準による設置規制などあるのかもしれないが、、

できるだけ、人々が集まる場所では目立ってほしいものだ。

大げさかもしれないが、人の命を守るサインでもあるのだ。

日頃から人目に触れやすい場所に設置することで認知を高め、

緊急時に本当に役に立つサインへと育っていってほしいと願うばかりだ。

 

一人でも多くの人々が救われるように。

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夏一夜
痛いほどの日射をまるで手を緩めず、ご先祖様達がさてそろそろと腰を上げはじめた2015の夏、僕は青々と広がる田園風景を後にし、酷暑という言葉が最も飛び交うコンクリートの真ん中に立っていた。

昨日の今は、透き通った芋の香が喉を刺激していたが、ここでは主に黄金色に輝く麦の香が喉を潤し、僕の意識が何重もの世界で心地よく重なりあっている。

あぁ、あなたとどれだけの扉を開け、日射の名残りを消しきれない、湿った空気の石畳を歩いたことか。

夏一夜は蜃気楼。


そして僕はダンシング。
すでに意識はナッシング。
爆音の中でただただもう一人の僕と向き合い、ひたすら踊り狂っていた。
あなたとの別れがそこにあるとも知らずに。

夏の夜は、突然の残酷を僕に突きつけるんだね。知らなかったよ。
でも僕は悲しくはない。淋しいだけなんだ。だってあなたは、他の誰かの胸に抱かれて、幸せな夏の終わりを過ごすのだろうから。

そう僕はあなたの幸せを願ってるよ。心から。

今までありがとう。僕は、この湿った空気が空の彼方に吸い込まれる頃、全てをリセットしてる。だからもう動き出してるんだ。次のあなたに出会うためにね。



クレジットカード、
運転免許証、
キャッシュカード、
WAONカード、


そして、


Tカード。

全てをリセットした頃に、
スレンダーボディの長い娘か、
小柄でぽっちゃりの二つ折の娘か、

…とても楽しみだよ。

でもね、今度はね、僕から離れられない様に、お揃いのリングと赤い糸で繋ぎとめるのさ。



皆さん、財布の紛失にはくれぐれもご注意を。。



 
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芸術家って
絵画、特に現代美術にカテゴライズされてる作品を創る時って、
こう描かないといけないって制約は、絶対あってはいけないんだよね。

どんな作品を創っているかは作家の気持ち次第なんだけど、
本当にいい作品って、
作家自身が作品にのりうつる位の、いわば生き写しである必要があると思うんだよね。

それ以上の自分に無いものを頑張って出そうとしても、
なんかあざとくなるんだよね。

でも、かっこいい物とか、上手く見える物とか、綺麗に見える物とか、
背伸びして描こうとするんだよね。
それが、モノを創る人の性だから。

でも、そうする人は芸術家では無い気がする。
それは商業美術家の仕事であって、芸術家は、そんな気持ちで創ってはいけない気がするんだ。

だって、人の目を気にして創ったら、その作品は自分では無くなる。
芸術家は唯一無二でなければならない。
そこに初めて価値が生まれる、本当に特殊な職業なんだよね。

誰もがイイって思う作品を創りたい、世界のスタンダードになりたい、
そう思うなら、自分自身が誰にも無い、極めて稀で注目を集める人間にならないといけないね。

もしくは、自分を出し尽くした作品を発表して、そして多くの人の注目を集めたならば、そこで初めて自分自身どういう人間なのか、その価値に気付かされるのかもね。

人は、作品にお金を払う訳じゃない。
作品を生み出した人にお金を払うんだよね。


私は芸術家でありたいと思ってるけど、
実際はデザイナーで生計を立ててる。
だからなのか絵を描いてると、どうしても描き過ぎるんだよね。
もっと綺麗に、もっとバランス良く、、
その時点で芸術家では無く、デザイナーとして絵を描いている。
鑑賞する側の目線で描いちゃってるね。
これじゃ、イイ作品出来るわけない。

頭では理解できた。
あとはどれだけ芸術家としてのプライドを持って作品を創れるか、だよね。

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ハイファッション好きな貴女へ
モヒートというカクテルがある。
クラッシュアイスにミントとライムをぶちまけたホワイトラムだ。
最近はブームなのか普通の居酒屋でも目にする事がある。

ホーゼスネックというカクテルがある。
好みのスピリッツにらせん状のレモンピールとジンジャエールをぶちまけたやつだ。
多分、ブランデーベースが基本だと思う。

この9月より、日本で正規に発売されるブランドのハイヒールがある。
Julian Hakes (ジュリアン・ヘイクス)というイギリスのブランドだ。

このジュリアンさん、
ブランドデザインに「モヒート」と名付けている。
しかし何を勘違いしたのか、
そのデザインは、まさにホーゼスネックのレモンピールそのもの。
モヒートで、こんなデコレーションをしたものは見た事が無い。

今回、このブランドのパブリシティ全般のデザインを担当する事になった。
モヒートであって、モヒートではない。
このギャップをどう説明すればいいんだ。

ジュリアンさんが、これはモヒートだ!と言っている!
ジュリアンさんに恥をかかせるわけにはいかない!
むしろ、ジュリアンさんが新しいモヒートの形を生み出したのだ!
うん。そもそもモヒートは地上の楽園キューバで生まれたんだ。
カリブのビーチでそんな細かい事なんてどうでもいい事だ!

…というわけで、新しいモヒートを無理矢理作って、
公式カタログの1ページ目に有無を言わさず載っけてやったぜ!

ハイファッション好きな、オシャレな貴女!
気になったら一声かけてね♪
もれなくカタログ進呈します。

ちなみにこのHPは担当してません。
これは…作り直し提案しないとな。。。


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部屋塗り
前述の友人のデザイン事務所。
そこを自由に塗って!との、
ふんわりとした依頼で、
思いついたままに塗ってみたのだ。

現状は古いオフィスにありがちな、
白ともベージュとも言えない様な、
中途半端な色で占められている。
まずは、そこから。
床も壁も天井も真っ白く塗りたくる!

そしてポイントで強めの色を散らせる事にした。

で、入口から。。。。
この扉、まだまだ可能性を秘めてると思うのです。

さらに、入口から奥を見ると。。。
ポップな赤い扉が目に飛び込んできます。

奥のメインのスペースは。。。
こんな感じが、、

こんな感じに。

やっぱりポイントは赤い梁ですね。
個人的には、窓のサッシも全て白く塗ったところが気に入ってます。
まぁ、ほとんどの人はそんな細かい所には気づきもしないですが。

うん。襖もこうなるとオシャレに感じる。
なんか80年代ポップアートって感じですね。
ちなみに、アインシュタインの絵はご購入いただきました。
ありがとうございます。

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雪見テント
去年の話ですが、
クリスマス前の話ですが、
この真夏に何なんだという話ですが、


雪見です。
室内で。 
テント張って。
バカですね(笑)

友人のデザイン事務所にて定期的に行っている飲み会。
毎回さまざまな企画をからめての交流会的なノリになってて、
この回は私が企画を担当させていただきました。

というわけで、非日常を感じていただこうと、
まずはテント張りました。
そして、クリスマスも近いということで、プロジェクターで雪降らせました。
BGMに、自然の虫の音を響かせました。

こんな感じ↓

大好評♪
お金と時間と人手があれば、
もっとビックリする演出ができるのになぁ。。
そんなお仕事お待ちしてます(笑)
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老化現象
「それは違うわよ!」

私は一人で酒場を巡るのが好きである。
オーセンティックなBARから地元密着系飲み屋まで。
そして、たまたま同席した常連顔してるおっちゃんおばちゃんから、こういった言葉をよく聞くのだ。

私は割と人より幅広く、酒の場に顔を出してる方だと思う。
だからこそ、そういった場所に集まってくる人間のパターンが見えてくる。

つい先日の話。
場所は近所の地元密着系飲み屋である。
常連顔のおばちゃんと隣同士で飲む事となり、これから始まる未知との遭遇に期待が膨らむ。

■パターン1 
(常連顔のおじちゃんおばちゃんは自営業もしくは中小企業の管理職・役員)
はまった。
そのおばちゃんは、まさにパターン1である。

おばちゃんは私がデザインの仕事をしていると知った途端、自らが持つ知識・経験を語り出した。
さすが年の功で、なるほど!と思える話も沢山ある。そこらへんのインチキデザイン学校なんかより実に実践的で勉強になる。
ただ、「話す相手間違えてない?」と思えるほど、初歩的・感覚的な話がクドくもある。

■パターン2
(そういう立場の人は酒が入ると、望んでもいない説教を、強めの語尾で語り始める)
はまった。
そのおばちゃんは、まさにパターン2である。

マーケティングの話を「キレてるの?」と思う口調で語り始めたおばちゃん。
私は「そうですね。なるほど。そういう考えもありますね。」とうなずく。
おばちゃんは「とりあえず何でも見て、経験して、受け入れないと、新しいモノは生まれないのよ!」と熱弁する。
正直この話に関しては、深くとも何ともない。
当たり前の話を大きな声でキレぎみに言ってるだけだ。
ま、とにかく柔軟な受け皿を持て!という事か。知ってます。

■パターン3
(そういう立場の人は酒が入ると、つじつまの合わない言動を起こす)
はまった。
そのおばちゃんは、まさにパターン3である。

私の悪い癖で、そういった話をする人に意地悪したくなる。
おばちゃんには悪いが、意地悪心に火がついた。
今までの「ババアの説法」に全く反する持論で意見してみた。

「それは違うわよ!」

ババアがヒートアップ。
私の考えを全否定。言葉が足りないみたいだなと思い、補足説明しようとするも、その考えを掘り下げようとする余裕が感じられない。

ババアよ、落ち着け。100人いれば100通りの考えがあるんだ。99人が納得できない手法でも1人がそれで成功していたら否定できないだろ?
そう思いながらも、「これが老化というものだろう」と、自分自身を納得させ、こうはなるまいと、反面教師を敬うまなざしでババアを見つめた。


「とりあえず何でも見て、経験して、受け入れないと、新しいモノは生まれないのよ!」
彼女の言葉が私の心にむなしく響き渡る。


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広告って奴は。
 腹へった。近所にうまいラーメン屋ないかな。

今までのアナログなおっちゃん、おばちゃん世代ならまず人に聞いた。
これからのデジタルネイティブなら、まずケータイで調べるだろう。
ラーメンランキングがトップページを埋め尽くす。
新しい店なら、サクラまじりの行列ができている。

最近○○オークションとやらでタレントブログへの虚偽投稿が問題になった。
そこそこ人気のタレントが、たかだか数十万円で詐欺の片棒を担ぐとは、
腹ペコのヤンキーが近所の小学生をカツアゲする位、いやそれ以下に
切なさと哀愁を感じる。
低度経済維持期を憂うばかりだ。

ステルスマーケティング。意味はググっていただきたい。
デジタルネイティブが消費の中心となるこれから、広告の一つのあり方になる事は間違いない。
詐欺とも言われかねないスレスレの行為だが、まぁ化粧品のポスターと根本変わらない。
日常出会う事も無い人類の0.00001%ほどの美人に、
一流のスタイリストが最高のメイクをし、
一流のカメラマンが目つぶし並の照明で何百枚と撮った渾身の一枚。
さらには、一流のCGクリエイターが画像処理。
もはや化粧品の質など意味をなさない。

どうだろう。
カツアゲする腹ペコヤンキーに、そっと100円玉を差し出して
こう言いたくはないだろうか。

「お金が欲しいんだよね。君は正直者だ。」


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輪廻する。
 昔、ダッコちゃん人形というものがあった。黒くてタラコくちびる、ウインクしながら街ゆく人の腕にしがみつくアレである。
とてもダサい。ダサ過ぎる。いい大人が腕に正体不明のぬいぐるみを付けて、銀座の街をカッポしてるのである。それもかなりの人数が。
全く不安のない未来を思い描いていた、高度経済成長期のどーしよーもないセンスの片鱗だ。

今は不安だらけの高度経済衰退期か。
いや言い過ぎた。低度経済維持期というのが妥当か。
こんな時代だからこそ、ダッコちゃん人形に匹敵する衝撃の文化が生まれるはずだ。
時代、文化は必ず輪廻する。

仏教だかヒンズー教だかに、輪廻転生という言葉がある。
人生に何かを超越する結果が無いかぎり永遠に生まれ変わるという、たぶんハゲたおっちゃんのぼやきだ。
ただ、そのハゲたおっちゃんの言葉にはハゲたなりに相当の含蓄を持っている。
生き死にの問題以外、全ての事柄に当てはめる事が出来る。

私は絵を描いている。
もう15年は描いている。
15年前のダッコちゃん人形レベルの絵が、今ふたたび蘇っている。
あの頃のタッチ、感覚をイイモノとして受け入れている。
「超越する結果が無いかぎり永遠に生まれ変わる」というハゲたおっちゃんの言葉が身にしみる。

十数年の間に摂取したどーしよーもない経験値が、過去のダッコちゃん人形をどうスタイリッシュに仕上げるか。いや、スタイリッシュと言ってる時点でダサ過ぎるが。

まあ、また15年後には、もっとナウい「ダッコちゃん人形Z」が仕上がるはずだが、
やはり今、超越する結果を残さなければ。

ハゲたおっちゃんの名にかけて!


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